禅幢寺(竹中家菩提寺)
天正7年(1579年)播州三木(現在の兵庫県三木市)の陣において行年36歳の若さで病没した半兵衛の菩提を弔うために、その子重門がこのお寺に墓を移しました。今でも全国から、竹中半兵衛公のファンが訪れます。




秀吉に仕えた天才軍師のふるさと

稀代の軍師・竹中半兵衛重治の故郷。
天文 13 年(1544 年)美濃国大御堂(大野町)で生まれた竹中半兵衛。永禄元年(1558 年)、父重元が岩手弾正を攻めて追い出し、岩手(垂井町)に移り住みました。永禄5年(1562 年)父の没後、斎藤龍興に属し、永禄7年(1564年)に、少数の兵で稲葉山城を一時的に占拠するまで、稲葉山城下に住んでいたといわれています。垂井町岩手地区には、半兵衛の居城だった菩提山城跡を中心に、墓所や陣屋跡など、半兵衛の知略と人柄を伝える史跡が点在しています。

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天正7年(1579年)播州三木(現在の兵庫県三木市)の陣において行年36歳の若さで病没した半兵衛の菩提を弔うために、その子重門がこのお寺に墓を移しました。今でも全国から、竹中半兵衛公のファンが訪れます。
禅幢寺の背後には、かつて半兵衛の居城であった菩提山城跡が残る菩提山がそびえ立ち、城跡のある山頂へのハイキングコースの入り口もあります。およそ南北300m、東西最大幅150mの広大なもので、西美濃最大級のお城です。ここからは、かつて竹中半兵衛が見下ろした垂井のまちや、天気の良い日には広大に広がる濃尾平野の大パノラマを見ることができます。
垂井町明泉寺から発見された古文書「過現二世牒」には、竹中半兵衛は天文13年(1544)、竹中遠江守重元の長子として、大御堂に生まれたと記されています。大御堂城跡には生誕の地を示す碑が建立されています。秀吉旗下の天才軍師が生まれたこの地を訪れてみてはいかがでしょうか。
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